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【鬼ヶ島通信#719】~切れない刀が教えること (4713投稿)

2020.02.20 社長のブログ

【鬼ヶ島通信#719】

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「鈍刀をいくら磨いても無駄なことだ」
というが、
何もそんなことばに耳を借す必要はない

せっせと磨くのだ
刀は光らないかも知れないが
磨く本人が変わってくる

つまり刀がすまぬすまぬと言いながら
磨く本人を光るものにしてくれるのだ

そこが甚深微妙(じんじんみみょう)の世界だ
だからせっせと磨くのだ

~坂村真民(仏教詩人)
 2019年12月号特集「精進する」より
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切れ味の悪い粗雑な造りの三流の刀を
懸命に磨く人の姿に何を想うだろうか。

磨く側の苦労
磨かれる刀の意味
磨いている場面

一瞥して「無駄なことだ」と
切り捨てることが多いのではないだろうか。

しかしそこで立ち止まって、自らの頭と意思で考えたい。
その苦しい経験の中から何を学べるのか?と。

刀は何も言わない。
しかし「鈍刀の側こそが、磨く立場の相手自身を磨いている」
という発想をもてるだろうか?

「甚深微妙」とは、
「この上なく深い意味をもち、
思いはかることが出来ない」との意。

目の前にある、苦しい環境、困難な経験。
一見、無駄・無意味としか思えないような出来事。
人生には理不尽と想われることに出会う。

そこで腹を立てる、拗ねる、嘆く、悲しむ、怒る…。
それは二流、三流の行き方。

理不尽な出来事に際して
それを避けることなく正面から受け止め、
「そこに何を見出し、いかに理解して、
自らの経験値としてどのように学び、乗り越えていけるか?」
と、常に考え行動することを自身に引き寄せて考えたい。

それが「真に生きる」という意味の理解に繋がるのだろう。

鬼頭@鬼ヶ島